イベントレポート
●アイカム50周年企画「30の映画作品で探る”いのち”の今」
    第6回 多彩な細胞の協奏として呼吸を理解する 肺炎の脅威にも目を向けて <2019年2月23日(土)> 
上田: みなさん、こんにちは。アイカムの映画上映会の6回目になります。今日のテーマは呼吸です。私は司会進行を務めます市民科学研究室の上田です。今日は入門編的な『時空キューブ 呼吸』と、学術的といいますか専門的な『肺炎』と二本の映画を観ます。ただ、入門的といいましてもかなりレベルが高いですが、今、次回の予告編でご覧になった「時空キューブ」、あの手法を使っての作品ということになりますから、たどりやすいとは思います。
呼吸って、みなさん当たり前のように生まれてからずっと、休みなくされているものなのですけど、一体これは何がどう関わってどんなふうに営まれているものなのか、と聞かれたら、結構、これは答えるのが難しいのではないかと思います。それと、身近な疾病という点を考えても、大変重要な要素の一つではないでしょうか。そこで、今日は、呼吸のしくみの話から入って、ゲストにお呼びしています生方先生にもお話しを伺いながら、二つ目の『肺炎』をじっくり見てみたいと思います。よろしくお願いします。
それでは、川村さんから『時空キューブ 呼吸』の紹介をしてくださいますか。
川村: アイカムの川村です。『時空キューブ 生命01 呼吸』は、アイカムの自主制作作品です。監修はつけていません。医療系の学生さんなどに見てもらえたらと考え、DVD-Bookとして販売しています。
映像ですので、まずは見ていただくのがよいと思いますが、「時空キューブ のことだけお話ししておきます。ドーム映像でも「時空キューブ」が出てきますが、私たちの表現の発明品です。長年、ずっと、こういう映像をやってきて、一番悩ましいのは、画面の中に「倍率はいくら」とか、微速度撮影ならば「インターバル(何秒一コマ)」とか「何時間の現象を何秒でみている とか表記する煩わしさ。それがでてこないと科学映画じゃないという人もいますし、いちいち出てくると映像がぶち壊し、集中できないと、いろいろ考えているうちに、この時間と空間を「時空キューブ」という形で表したら、わかりやすいのではないかと思い至ったわけです。
縦に回転すると拡大・縮小し、横に回転すると時間が早くなったり遅くなってスローモーションで見せたり、この表現にたどり着いたことで、このあとのドーム映像という形に発展したと思います。





                 ■ 映写   2009   『時空キューブ 生命01 呼吸』   34分
上田: これは現象としては相当複雑なことを扱っているので、全部たどっていくのはなかなかたいへんですよね。ただ、みなさんも感じられたと思いますけど、呼吸のこういうメカニズムを、入口から入っていって、最後のところまでずっと辿っていって、それを細胞の映像として、あるいは場合によっては分子のやりとりはグラフィックを使いながら見せるというのは、たぶん他では体験されたことがないのではないかという気がします。
なので、みなさん、ふだん呼吸について思っておられることとか、あるいはこういう映像の撮り方とか、作り方というのも、いろいろ聞きたいことがあると思いますが、二本見終わったあと、テーブル囲んでみんなでお話しする機会もありますので、聞きたいことを考えておいていただければと思います。
生方先生、今、ご覧になって、なにかご感想ありますか。
生方:
かなりサイエンティフィックで、お分かりになっていただけたでしょうか? 私自身も細菌感染症が主な研究領域であり、病態や呼吸が専門ではなく、また医師ではありませんが、とても興味深く拝見いたしました。ただ専門用語が多く、理解するのはかなり難しいかなとも思いました。
●時空キューブという映像表現
上田: これは作る方もすごくたいへんだったのではないかと改めて思いました。
武田さん、いかがですか。
武田:








これを作るきっかけになったのは、このあと上映する、生方先生とやった『肺炎』の仕事で・・呼吸ということをよく理解できない。なんとか、生方先生、紺野先生と作った仕事を本当に理解させるにはどうしたらいいかということで、もう一度、トライしようと思っていたんです。で、この『呼吸』を作ったがゆえに、その次に、子供たちに「いのちって、こういうものですよ」というものを、ドーム映像として二つ作ったんですね。
NHKの人たちなどには「なんで何秒一コマとか、何倍で撮ったって入れないのか」と言われたんですけど。そうではなくて、子供達にいのちというものをわかってほしいと思って、ドームというもので、どこまで体の中の現象を省略して表現できるか、そういう意味をもってトライしたんですね。
ぼくらスタッフはこの『時空キューブ 生命01 呼吸』を作った時に、ああ、こういうことなんだと「呼吸」をだいぶわかったつもりでいたんですけど、実際、オープンしてみると、一本二本は賞をもらったんですが、生方先生と作った『肺炎』の映画の方が、ずっと賞は多いんです。(笑) それで、まだもう一つわからないのかな、どうしたら、体の中のいのちのあり方、現象をやさしく表現できるのかな・・・とだいぶみんなでごちゃごちゃ考えたものです。
生方先生との映画をみると、もう一つ、難しさというか、科学はこういうふうに表現すればいいんだということを相談しながら、一生懸命わかりやすくやったつもりなんだけど、もう一つ難しいんですね。でも、映画祭に出したら、たくさん賞をもらいました。
●肺炎のテーマ
生方: 私たちが作った『肺炎』は、23年前ですか・・その当時は、肺炎は、子供さんがかかる感染症だと捉えられていたのです。当時はワクチンもなかったのですが、2010年末にワクチンが導入されて小児の感染症は半減し、現在、問題となっている肺炎は「高齢者の肺炎」なのですね。これが極めて高い割合で命取りになっているわけです。肺炎球菌による重症肺炎を起こしますと、その20%は死亡されているのです。
私がよく存じ上げていた、杏林大学で医学部長までなさった先生が、COPDという肺の基礎疾患を持っておられて、朝、風呂場で倒れているのをご家族が見つけられ、すぐに救急車で総合病院へ運んだけれど、1時間後にお亡くなりになられたという例もあります。先生はご自分のことをよく知っていたからだと思うのですが、「自分が亡くなったらぜひ解剖して世の中の役に立ててほしい」ということでした。今、「肺炎球菌感染症」の啓発活動用冊子を作っているところです。肺炎は、昔もあっという間に命を落とした感染症でしたが、高齢化した日本社会では、あっという間に命取りになるのは実は肺炎なのです。
高齢者は、かなり多くの方が何らかの基礎疾患をもっていますよね。それが年をとるということだと思うのですが、基礎疾患をいくつも持たれるほど、ひとたび肺炎になると重症化します。そういう目でご覧いただければよいかと思います。
上田:
奇しくも、今日のチラシに「多彩な細胞の協奏として」という表現をアイカムの書かれたものからいただいて、私がタイトルに使ったのですが、年をとってくると、いろんな基礎疾患のダメージが、まさしく協奏しているいろいろなところに生じて、それが少しずつ重なっていき、肺炎の重症化を生む、ということがあるわけですね。では、見ましょうか。





               ■ 映写   1996   『肺炎 -Pneumococcal Pneumonia-』   28分
●肺炎球菌の特徴
上田: 制作の側から少しお話しいただけるといいかなと思いますが。
川村: これは研究者や医者など専門家向けに作られたので、少し説明が足りなかったかなと思うのですが、グラフのイメージが出てきました。上がって降りるカーブ。急に増えて、すぐに減少する。増殖曲線というのですが、あれの意味がわからなかったのではと思いました。普通の細菌は、どんどん倍々に増える増殖期があり、そのあと、定常期という一定の菌数を維持する期間があるのですが、この肺炎球菌の場合は、ご覧になったように、増えていく片端からどんどん自己融解を起こして死んでいくものですから、そこまで増えない。というのが、この菌の特徴です。
 当時は84の菌型(血清型、あるいは莢膜型という)と言っていましたが、今では90を超えてますよね。
生方: 今では、97の異なる血清型があるのです。それは菌の進化を意味しているのです。
宮川: 肺炎球菌を撮影していると、増殖していくと勝手に自己融解して消えていきます。見ていると、勝手に消えるので悲しくなるんですが(笑)、なんで肺炎球菌は自己融解するんですか。すごく不思議で、他の菌ではあまり見ない・・。
生方: 他の菌ではみられない現象です。肺炎球菌はオートリジンという自己融解酵素を産生する唯一の菌なのです。それがこの菌の特徴です。環境が悪くなりますと、自らを溶かして、DNAを漏出して死滅して行く。このDNAが別の細胞へ取り込まれ遺伝子組み換えを起こして菌は進化して行くのです。
宮川: 菌にとってそういうプラスの面もあるんですね。犠牲になっているだけじゃなくて生存戦略か・・それが90何種類を生む・・
生方: そうなのです。漏出したDNAが生きている菌の中に取り込まれて、遺伝子を変えて生きるのですが、肺炎球菌は遺伝子変異がもっとも多い菌のひとつなのです。20キロ(kbp)という非常に長いDNAが他の細胞のDNAとそっくり組み換わってしまう。このしくみが薬剤耐性化と、血清型の数が増えてきているということにつながっているのです。
上田: ああ、なるほど。
川村:
みなさん、肺炎球菌の感染だといわれると、ああ肺炎球菌という菌が原因なんだと納得されるかもしれませんが、これだけ違う特徴をもった菌がいるのだということですね。実際、この映画を作ってみてその違いを実感しました。
 1本目の『呼吸』の映画で、呼吸器のイメージができたと思いますが、肺は空気の袋という説明がありました。一つ一つの肺胞に空気を吸い込んで空気を吐き出す。だけど、その空気の袋であるはずの肺が、肺炎になると、要するに、水浸しの状態になる。膨らんだ空気の袋が、肺炎ではしぼんだ水浸しの肺になる、だから呼吸できなくなって、急死なさる方もいる、という実感が、制作していてありました。
生方: 病院あるいはクリニックで「肺炎ですね」と言われてレントゲン写真を提示される時に、肺の一部が白く写っていますね。本当は感染がなく空気だけ流通しているのであれば、X線が通過し、黒く写るわけです。しかし、先程のようにブドウの房のような肺胞が白血球と細菌で満たされてしまうと、X線は通過しないので、炎症を起こしている肺の部分が白く写ってしまいます。それを肺炎と診断しているわけです。
上田: それでは少し休憩して、そのあと、テーブルを囲んでお話しを続けたいと思います。
<休憩>
●小児の肺炎と高齢者の肺炎
上田: 肺炎について、少し意見交換したいと思うんですが、まず、肺炎ってどういう診断で肺炎とされるんですか?
生方: やはり、レントゲン像による診断ですよね。確定診断の場合は、まず、肺のX線撮影をして、画像をちゃんと読影しないといけないです。それと検査では白血球が異常に増えているとか、CRP(Creactive protein)といって感染症がある場合に特異的に増えている検査値が重要です。あとは菌が培養できるかですが、一般のクリニックでそこまでできるところは少ないので、一般的にはX線画像を撮った上で診断ということになるのでしょうね。
肺炎には、肺胞の中に菌が詰まる大葉性肺炎と、気管支の周りに炎症を起こす気管支肺炎と大きく二種類あると覚えておくといいと思うのです。
上田: それぞれ症状が違ったりするんですか?
生方: 重症肺炎では肺胞の中に菌と白血球が詰まり、気管支肺炎では気管支周囲の組織ダメージなので、前者の方が重症です。いきなり肺の下部に菌がすとんと落ちて行き、そこで増殖しますと急速に重症化しやすいのです。発症後1〜2日で急激な肺炎により亡くなられる方はたぶんそのような肺炎球菌性の肺炎だと思うのです。
なんといいましても肺炎球菌が一番怖いです。
YS: 肺炎球菌の細胞傷害性というのは、具体的にどんなものなんですか。肺胞の中に菌が入って、何が悪さをしているのですか。
生方: 細胞の中に菌が入りますよね。そうしますと、肺炎球菌は菌の一番外側に保持する莢膜(カプセル)を介してヒトの肺細胞にあるPAFレセプターに結合し、そこでさまざまな病原物質を産生します。いろいろな毒性物質を20種類近く持っている菌が溶けると、それが肺胞中に流れ出します。それらが引き金になって、人の細胞に対して細胞傷害性が発揮されるのです。
YS: そうすると、人の肺胞の細胞膜を壊してしまうとか・・
生方: そうですね。肺の細胞を壊すと同時に、毒素が血液中に流入し、全身にまわって急速に悪化することにつながります。
YS: タンパク分解してしまうとか・・それで浸出液が中に入ってしまう、肺胞が潰れて、空気が入らなくなる。そういうことなんですね。なるほど。
生方: すごい、知識をお持ちですね。
上田: 直接、肺炎球菌を見るためには、痰だとかを観察して、ということですか。
生方: そうなのですが、菌の培養は普通のクリニックでは外部の検査センターに依頼して時間がかかりますね。
上田: そうすると肺炎かもしれないとなったら、そのあとはどういう処置をするんですか。
生方: 有効と思われる抗生物質が処方されますよね。今、ワクチンが導入されて7年経過し、小児におけるワクチン普及率は95%となっていますので、抗生物質の効かない耐性菌が非常に少なくなっています。耐性菌は10%くらいです。したがって、昔と同じようにペニシリン系の抗生物質が良く効きます。成人の場合は、キノロン薬を処方する医師が多いですが、キノロン薬も成人には有効だと思います。
映画の中で、莢膜6型という血清型と、3型とを比較していましたけれど、今、高齢者の重症肺炎の15%が3型です。非常に病原性の強い菌なのです。現在、65歳以上には変則的にワクチンの接種(23価多糖体ワクチン:ニューモバックスNPR)が薦められていると思いますが、実は、このワクチンが3型菌にはあまり予防効果がありません。(会場:うーん) 子供さんに接種されている13価というワクチン(13価結合型ワクチン:プレベナーR)は、大人用とは違い抗体産生の誘導能が優れています。13価は大人用には定期接種化されていないのですが、本来はその方が予防効果があると思います。ワクチンの種類に二つあるということです。
上田: それは処方する医者の側には、知識としてあるんですか。
生方: 特に内科系の医師にその知識が乏しいようですね。
上田: ないですか。困りますね。
生方: それを現在、啓発活動しようと冊子とホームページを作製しているところです。
上田: そうなんですね。
生方: 結論を申しますと、肺炎予防としてのワクチン接種はなさった方が良いと思います。
上田:
いろいろ質問があるんですが、悪さをする菌が肺に入ったとすると、増殖して、ダメージを受けて、人間の方が場合によっては亡くなるという。だけど、もともと常在菌としていた菌が、肺にさえ入らなければ悪さしない菌とも理解できるような気がしたのですが。
生方: その通りですね。ちなみに、保育園児のお子さんの90%は鼻腔に菌をもっています。それでも別に感染を起こしているわけではなくて、鼻ぐずぐずしながら、保育園に行っているのですが、それがなぜ肺炎になるのかということです。
今年は、インフルエンザが流行りましたが、インフルエンザウイルスは気道の細胞内に侵入してその中で増殖します。そうしますと異物を包んで吐き出す機能をもつ気道の線毛細胞が壊れ、気道がのっぺらぼうになって異物を体外へ排出する能力が低下します。その状態では、菌は容易に肺へ落下するのです。つまり、肺炎球菌による肺炎は、インフルエンザ等によるウイルス感染に続く、いわゆる二次感染(続発性感染ともいう)が一般的に多いのですね。
高齢者で、何回もウイルスに罹患したことのあるヒトでは、気道がすごくダメージを受けていて、繊毛細胞が少なくなり、その下の細胞がむき出しになっているのです。異物の排出能力も弱くなっています。高齢者の場合は、インフルエンザウイルス感染を起こさなくても、菌が落下しやすいこともあるのです
上田: いわゆる誤嚥性肺炎ですか。
生方: そうそう。誤嚥性肺炎というのは今述べたようなメカニズムで起こるのです。年齢を重ねるということは、身体的機能の老化ばかりではなくて、細胞レベルの老化も伴っているということです。つまり、歩く速度が遅くなるとか、手が上がらなくなるとかだけではなく、細胞そのものの機能も劣化(低下)していくことなのだと理解した方がいいかもしれません。
上田: なるほど。
生方: 人々すべてにおいて避けられないことですが、それをどこまで元気で長生きすることができるか、つまり健康寿命を延ばすことができるかということだと思うのです。
宮川: 誤嚥性肺炎の話ですが、ふっと飲み込んでしまう時はありますよね。私たちは、常に命の危険と隣り合わせなんですか。誤嚥したらどうすれば・・
SH: 自分でむせて吐き出しますし、子供なら逆さにしてとんとんしたり、大人なら胃のところをぎゅっと掴んだり・・
生方: そうですね。誤嚥性肺炎はかなり高齢になって、気道の筋肉が衰えて排出する能力が衰えてからのことで、若い人は筋力がちゃんとしていますから大丈夫です。
●高齢者のハイリスクとは
上田: だけど、お年をとったとしても、肺炎になる人とならない人がいますよね。肺炎になるリスクの高い人というのはどういう人ですか。
生方: それは統計学的に明らかにされているのですが、さまざまな基礎疾患をお持ちの人はなりやすいです。例えば、心臓疾患、バイパス手術をしたとか、ペースメーカーを入れられているとかです。それから、リウマチ等で免疫抑制剤を服用されている方もリスクが高くなります。最初の映画で、肝臓と腎臓のお話が出ていましたが、昔から「肝腎要」というように、これらの機能が著しく低下していると肺炎球菌感染症は時に命取りとなり、非常に死亡率が高くなります。解毒や毒素排出作用を持つ臓器ですからね。心臓の悪い人も含めて、肝臓・腎臓・心臓・・この三つに問題を抱える方は要注意ですね。
それから、もう一つ、症例数が多いのは糖尿病の人ですね。糖尿病の人は、それに肝機能や腎機能低下のリスクが重なりますと、明らかに発症率と死亡率が高くなります。
上田: なるほど、そうすると、肺炎になりやすさというのは、健康と不健康のバロメーターみたいですね。(笑)
生方:
そうです、そうです (笑)。まさしく、肺炎球菌による重症感染症者の83%はそのような基礎疾患をもっておられます。要は、血流をよくすることが一番重要ですね。深呼吸を朝晩やるとか、ウォーキングするとか、水中ウォーキングするとか、ラジオ体操を毎日するとか、そういう持続的な健康に関わる生活習慣ですね。厳しい言い方をしますと、生活習慣の弱点をついた「成れの果て」が、感染症なのではないかと(笑)。私自身、自分の生活習慣をどこまでコントロールし実践できるのか、試行錯誤しているところです。
宮川: 映画で「胸腔の中は無菌である」とありました。腹腔の中も無菌ですが、そこから数センチいった腸内には何兆個もの細菌がいる(笑)ってすごく不思議なんですが、本当に無菌なんですか?
生方: そうですね。人間の体ってよくできているもので、口から肛門までチューブでできていると考えれば、そこに滞りがあるのが一番良くないわけですね。滞ればその部位の細胞を壊して無菌の胸腔や腹腔に菌が漏れ出していきます。例えば便秘もいいことないし、結腸癌はそういうのが関係しているのかなとも思います。「お通じ」って、昔の人は極めて適切な言葉を使っていたと感心するのですが、お通じをよくするのは、基本中の基本ですね。
血液だって血流がよくなくてはいけないし、ものごとは滞ってはいけないのですね。
MS: そういうことが大事なんですね。
上田: ついつい、感染症というと、悪い菌がいて、その悪い菌が入らないようにすることだけで、と思いがちですが・・
生方: 違いますね。高齢者の場合は、免疫能や細胞機能の低下に生活習慣が加わって感染が起きると考えた方が良いです。それは肺炎球菌に限りません。「レンサ球菌」という、お子さんに咽頭扁桃炎をよく起こす菌ですが、この菌に大人が罹患すると、あっという間に死亡されることがあります。(会場:ふーん) ものすごく怖い菌です。
上田: それは菌の増殖がすごく速いから?
生方: 増殖が速いことと、連鎖しているので菌が連なったまま、毛細血管に入ってしまうと血流を止め、そこで菌が毒素を産生しながら増殖してしまう。糖尿病などでコントロールができていないと、末梢の毛細血管が詰まって壊死を起こしてしまいます。15年ほど前に各地で流行したことがありますが、片足をやむを得ず切断するというので手術室で手術終了後、もう片足も切断するということになった例もあります。
その他に、アルコールの過飲、アルコール中毒も感染症に対するリスクは高くなります。
●結核の問題
SM: 十数年前に肺結核症をやって、自宅療養で安酒飲んで、それで肺炎・・・
生方: それはよくわかりませんが、免疫力が低下していたのでしょうね。現在、高齢者での呼吸器系の問題は、肺炎球菌とともに、結核の再発や耐性菌です。それから東南アジア等からの病原菌の持ち込みです。結核の発生率の高い地域からやってきて、日本の病院を受診しますが、日本の若い先生方で感染症が専門でないと結核と気づかない。診断がつくまでに時間がかかって大騒ぎになり、問題になっています。
SM: 僕の場合も、たまたま健康診断で、診てくれたのがおじいちゃん先生で、僕は戦後、診てきたんだ、だからわかる。医者の世界では死ぬ病気、若い医者なら初期の段階では見つけられない。と言われた。聞いたら、WHOは世界で結核が増えている、90年代に結核非常事態宣言を出しているとか。(そうです)
生方: 東南アジアの国々は結核の蔓延国が多いです。人口密度が高いので感染者が余計多いのですが、日本に勉学や仕事で入国しますと、日本の病院では保険に入っていなくても受診者を拒否することはできないので無料で治療せざるを得ないわけです。
現在政府は、外国人を就労者として認めると言っていますが、結核を含めて感染症に罹っているか・いないかということを調べてから許可しないとたいへんなことになると思います。厚生労働省には申し上げましたけどね。医療には大変なお金がかかりますし、加えてその人たちが介護施設などで働くとなると、二次感染等の大きな問題が起きなければ良いがと危惧しています。
今、基礎的に調べますと、いろいろな耐性菌は東南アジアから侵入してきている場合があります。抗生物質が市販で購入できたり無茶苦茶な使われ方をしている国も多く、日本などの比ではありません。
●肺炎球菌と薬
YS: 肺炎球菌の莢膜3型菌には、ペニシリンが効きやすいという話でしたが、一方、3型菌は莢膜も厚い。ペニシリンが効くのは膜の中の細胞壁のところに効くのだと思いますが、どうして莢膜が分厚いのに、効くのですか。
生方: 実は、厚い莢膜は細菌を覆っていますが、結構空間があって、つまり、スポンジを想像していただけるとよいのですが、そのスカスカの空間を通って、分子の小さいペニシリンは細胞壁に届くのですね。それで効いているのです。
SM: 耐性というのは、そういうペニシリンやキノロン薬に対する耐性なんですか。
生方: そういうことです。薬剤の標的である細胞壁を作っている酵素に、先ず薬剤が結合しなくてはならないのですが、酵素が変化・変異していて結合できなくなるのが耐性です。だから耐性菌は生き延びることができるのです。
SM: わかりました。ありがとうございます。
●2タイプのワクチンの違い
SH: 初歩的な質問ですが、肺炎球菌は常在菌なわけですね。ワクチンで叩いていって、マイナスの問題はないんですか? 要らない常在菌なんですか?
生方: そのようなことはないですね。肺炎球菌の血清型は97種類もあるのですが、小児用のワクチンは13種類にしか予防効果がないのです。今、成人の65歳以上に許可されているワクチンは23価なのですね。小児用と成人用ではワクチンのタイプが違うのです。
ワクチンの直接的マイナス面はなくて、ワクチンを導入したことで、小児の重症感染症、特に髄膜炎や重症の肺炎が激減したというデータが出ています。でも成人の場合のワクチンは、20〜30%しか予防効果がないといわれ、小児用ワクチンも成人に接種した方がいいという考えが米国同様に議論されています。
SH: 病院に行って、13価を接種してくださいといえば、有料なら受けられるんですか。
生方:
はい、そういうことです。今のワクチンも65歳以上では無料ではなく、区によって違いがあると思いますが3000円とか補助があると思います。
YS: ワクチンのタイプが違うというのは、(肺炎球菌の)糖の部分の抗原性の違いですか?
生方: 抗原の糖(多糖体)のみを精製したものが23価、抗原の糖に無毒化したジフテリアタンパクをつけて抗原性を高めたのが13価です。作製方法に違いがあります。
YS: さきほどのお話で、ワクチンは小児には効きやすいけど、今の老人に打っているのは効きにくいということですが、その効きやすいような抗原決定基がわかっているのに対して、抗体みたいなのは簡単に作れないんですか? 難しいんですか?
生方: 難しいですね。人間の体って、肺炎球菌の多糖体を異物として認識するためには、それにタンパクがくっついていないと免疫細胞が記憶できないのです。(会場: はあ、なるほど)
ですから、多糖体にわざわざ無毒化した、ジフテリアのタンパクをくっつけて抗体ができやすいようにしているのです。それが小児用のワクチンです。一種ずつの多糖体にタンパクをつけたものを13種混ぜているのですね。非常に作製が難しいのだそうです。
成人用のワクチンは多糖体だけなのです。ですから、免疫細胞が一時的に肺炎球菌感染症を防ぐ抗体(IgG)しか産生せず、免疫記憶しないのです。小児用ワクチンは免疫記憶されるので、13種の肺炎球菌感染症は完全に予防できるということなのです。でも成人の場合は、抗体が次第に減少してしまうので、5年もすればもう予防効果はなくなります。
SH: 65歳で受けて、70歳には効かなくなる。それは困りますね。
生方: それが今問題となっています。それなら、13価の小児用を接種した方がいいのではと思うのですが。
YS: 遺伝子工学がかなり進歩しているので、そういう抗体など作れないのかな、キメラ抗体も作れるのに、問題になっている肺炎球菌の強力なワクチンなど作れないものか、技術的対応が遅れていると思って、ちょっと疑問だったんです。
生方: この結合型のワクチンは、米国のファイザー社です。作り方が難しいらしいです。たしかにキメラの考え方もありますね。再来週、お会いしますので、伝えておきます(笑)。ワクチンのなかでも作製が難しいもののひとつだと思います。いくつもの種類を混ぜなければいけませんので。
YS: 成人のワクチンを打ってから、抗体価が下がっていくという話ですが、我々の喉のところに常在菌として存在している菌が、免疫力とのバランスでいつもある程度の抗体が作られているような気がするんですが、どうして下がるのか、一定の抗体価を保たないのか不思議なんですが。
生方: ここの鼻腔の抗体は、IgGではなくてIgAなのですね。IgA1が90%を占めている。ワクチンで作られるのは、IgGなので違うのです。成人用ワクチンの場合は、鼻腔にいる菌にはあまり効果はないのです。小児用の結合型のワクチンは、分泌型のIgAも活性化すると言われています。小児がワクチンを接種すれば、鼻腔の常在菌も変わってきます。ワクチンの違いですね。
●肺炎による窒息
宮川: 肺炎球菌による肺炎の死亡原因は、生方先生が「今では、窒息だと思っています」とおっしゃったけど、その前はどう考えられていたんですか。素人考えでは、窒息か敗血症か・・どっちかと思っていたので。
生方: 窒息に確信をもったということですかね。なぜ急激に亡くなるのか。重症肺炎になると、ほとんどの方が敗血症も起こして、血液の中から菌が分離されます。ですが、敗血症のみならば抗生物質を投与すれば、血液に直接抗菌薬が移行するので効いているはずですよね。それでも救命できないでお亡くなりになるというのは、突き詰めて行くと、映画にあったように、大葉性肺炎では窒息なのだと。肺はガス交換ができなくて、と思い至ったのですね。ただし、敗血症で菌の病原物質が大量に流入するとショックを起こして死に至る場合もあります。
宮川: そうすると、人工呼吸器とかつけるわけでしょ。つけても肺があれだけになってしまうと、どうしようもない。
生方: 一般的にはどうしようもなく、高度な救命技術が必要だと思います。
●感染は菌だけの問題ではない
宮川: 肺炎は肺炎球菌以外には・・
生方: いろいろな菌で肺炎になります。成人の肺炎は、基礎疾患を持つ人が多いです。みなさんご存知かもしれませんが、レジオネラ・ニューモフィラ菌(Legionella pneumophila) によるレジオネラ肺炎でも、あっという間にお亡くなりになる重症例が多いです。でも、女性は、レジオネラ肺炎にはあまりならないのです。なぜかわかりますか? 私は、すぐそのリスク因子に気がついたのですが、意外と医師でもご存知ないのですね。女性は、温泉等では風呂の中で顔を洗わないですよね。(はい) 男性は結構、温泉の中でも顔を洗いませんか? (なるほど)
宮川: 洗っちゃいけないんですか?
上田: 改めて、どうしてなんですか? 女性が洗わないというのは、化粧しているから?
女性たち: 汚いでしょ・・お湯の中では洗わないよね。
男性たち: いや、当たり前に洗うよね。それおもしろいな。(爆笑) この歳になるまで知らなかったなあ。
生方: 水中やクーリングタワーとかにいる菌なので、当然温泉水にも生息することがあります。それなので顔を洗うと鼻腔から菌が入り、基礎疾患があると危険ですよ。行動パターンの違いが感染の違いになる。
宮川: トイレで歯磨きっていうのも感染予防にはよくないように思いますけど
YS: 肺炎球菌はうがいによる予防効果はないんですか。ワクチン以外に、なにか効果のある対策はないのかな。
生方: うがいも一定時間は効果はあるとは思いますけど正確なデータは見たことがありません。むしろ、常在菌はもっていてもいい、抗体産生の誘導刺激にもなりますので。ただし、呼吸器系のウイルス感染にかからないよう気をつけて下さい。ウイルス感染と細菌感染では検査値も違ってきますし、症状が違います。ウイルス感染が流行っている時は、気をつけた方がいいと思います。
YS: なにも外出しなくても、痰がたまったり、それが肺炎の原因にならないか気になります。
生方: 難しいですね。何かいつもと違う症状がある時には、X線撮影できるかかりつけのお医者さんに受診するのが一番だと思います。
SM: 糖尿病のある人が受診した時は、まず歯科治療から始めるという話も聞きました。歯周病と心臓疾患も関係あるとか。
生方: 歯磨きも強くすると、傷ついて口腔中の菌がそこから入って心内膜炎という心臓の中に菌が巣食う感染症の原因になると言いますね。歯周病は感染症のリスク因子のひとつです。
SM: 朝、起きた時にいきなり水を飲まず、口をゆすいでから、うがいしたり、水を飲むようにするのがいいとか。専門家には当たり前のことらしいけど、排出する菌を戻さないようにするということですね。
生方: それはいいことですね。
●人間と他のいのちと
YS: 映像でみた腎臓のミトコンドリアは丸くなくて細長い。そういう必要があるんですか。
川村: なぜかはわかりませんが、それぞれの臓器の細胞でミトコンドリアの数と形はずいぶん違いますね。電子顕微鏡で見ると、丸いのがぎっしりあるのは心臓の細胞ですし、教科書の図のようなミトコンドリアはあまり見たことはないですね。
YS: なにか意味があるかなあ。ATP作ってエネルギー使うところか。
上田: 不思議ですよね。
SM: 人間の呼吸、肺の機能の違いって、他の動物に比べてあるんですか?
川村: トリやカエルの赤血球と違って、ヒトの赤血球には、核がないという違いはありますね。今日、生きた細胞の映像で見て、学校で習う赤血球とイメージが変わった人もいると思いますが、毛細血管では、赤血球の形があれだけ柔軟に変わるというのも、衝撃的ではなかったかなと思います。 (うーん、そうですね)
赤血球は中央の凹んだ円盤型の細胞で、中に核がない。作られた時は核のある細胞だけど、脱核といって核を失って血液に入る。たぶん、自分の直径より狭いところをくぐり抜けるために核がない方がいいのかなと思ったんですけど。この映画作った時に、よく覚えているのは、赤血球の細胞膜にアクアポリンという水分子専用の通路が見つかって、それで急速に水を出し入れして形を変えていると知って、なるほどと思いました。
上田: 映画の中で、肺胞の中で赤血球が膨らんだり、しぼんだりするというシーン、あれはどうやって撮ったんだろうと思ったんですけど。(笑)
川村: 撮ったのは撮ったんですけど、実際に電子顕微鏡写真で撮った肺胞壁の血管の中のいくつもの赤血球の写真を丹念に探して、膨らんでいる時としぼんでいる時の赤血球を組み合わせて作った映像です。光学顕微鏡で生きた赤血球の動きはみていますから、実際にこうだろうというイメージです。
上田: ふーん、すごい。おもしろい。しかも、赤血球の中にある膨大な数の酵素の話につながっていくんですから。いや、あれだけたくさんの物質を含んでいるものなんだと改めて、驚きましたね。
生方: 画像表現の進歩はすごいですね。
MY: 基本的な質問ですが、たとえば、豚コレラとか、鳥インフルエンザとか、大きな話題になる前に、そもそも菌というのは、一番最初、どうなっているのか。
どういう形で菌というのは、悪さをするようになるのか。いのちの誕生みたいな話もあったんですが、もともと菌というのは、どういう形で出てきたものなんですか。
映像や情報でみえないものが見えるようになった時に、一番のオリジンはどうなって出てくるの、と思ったんです。社会現象になるのは、世界レベルのパンデミックになる前に、どこにシンギュラリティ(singurality 特異点)を超えた時にこうなるのか。なんか興味があるなあと。
上田: これはなかなか一言では答えにくい問題ですが、基本的には、進化の過程に関わります。いろんな細菌、バクテリアというものが地球上に早い時期から出てきます。高等な生物も遅れて出てきて、当然ながらヒトがバクテリアと触れ合うことになる。でもその触れ合う機会というのは、人間の環境がどういうふうに膨れ上がっていくかで、かなり変わる部分がありますよね。ある地域ではある感染症が流行って、ある地域では全然起こらない。人の行き来がおこったりして、その流行がまた移っていく。その繰り返しで、今があるのではないかということだと思います。
だから、菌そのものが最初から悪さをする存在として、人間に来たというよりも、人間の方の環境が変わっていったことによって、そういう作用が人間側に生じたと、大まかに言えるのではないかと思います。
生方: トリが持っているウイルスや細菌、トリでは何の病原性も発揮しない菌が、たまたま人間が飼ったことによって罹る病気、オウム病もそうですが、そのほかにはウシだとかブタだとかでは常在菌なのですが、人間に移って菌が生存できるようになると、病原性を発揮する菌というのもいっぱいあります。
上田: そのへんは複雑ですね。だから、あたかも、人間が薬を開発して、感染症に関しては、だいたい20世紀の半ばくらいに征服したというような思い込みを、私たちはつい持ちがちですけど、そうではないですね。
生方: コンバットが続くということでしょうか。今、アフリカとか、ブラジルとかで感染症は結構問題になっていますが、結局、熱帯雨林の森を伐採したことによって、奥深くに生息していた動物が人間に近づいて来て、その動物が持っていたウイルス(HIV)や、エボラなんかもそうなのですが、人間社会で問題化しているわけです。環境破壊は、新たな感染症を生む下地になっている面もあります。環境破壊は地球規模で考えるべき課題です。
上田: 今日は話がいろいろ広がってよかったですね。ありがとうございました
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